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大阪地方裁判所 昭和52年(わ)1095号 判決 1977年10月14日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五一年八月一六日、同日が日躍日で、勤務先の木島資源が休みであったことから、朝方から近所の酒屋を飲み歩き、昼頃、一旦大阪府○○市○○○町×丁目××番地の自宅に戻り、さらに飲酒した後、自転車で散歩に出たが、同日午後一時三〇分ころ、同市同町×丁目×××番地通称△△公園にさしかかった際、飲酒していたためバランスを失い、転倒し、その場に座り込んでいたところ、同所で遊んでいた甲野月子(当六年)及び乙山星子(当時四年)の両名がこれを認め、被告人に近づき話しかけてきたので、しばらく相手をしていたが、その後、自宅に戻ろうと歩き始めたところ、右両名が被告人方までついてきたことから、これを奇貨とし、右両名に対し強いてわいせつの行為をしようと企て、

第一  同日午後二時頃右被告人方において右甲野が、一三才未満であることを知りながら、同女を抱きかかえ、着用していたパンツのすき間から手を差し入れてその陰部を手指で弄び

第二  前同時日ころ、前同所において、右乙山が一三才未満であることを知りながら前同様の方法でその陰部を手指で弄び、

もってそれぞれ一三才未満の婦女に対し、わいせつの行為をなしたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第二の各所為はいずれも刑法一七六条後段に該当するが、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処することとし、情状により、同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、(一)本件被害者甲野月子及び同乙山星子の各供述調書は、いずれもその供述者が幼児であって元来供述能力、証言能力のない者の供述であるばかりか、しかもその供述はいずれも両親その他周囲の者の誘導暗示による影響を強く受けているものであり、その信憑性は著しく低く、これを断罪の証拠とするのは相当でない。(二)被告人の年令、経歴、環境に照らすと、被告人の被害者両名に対する本件行為は、わいせつ性への意図を欠如したものであるから本件の強制わいせつ罪は不成立である旨主張するので判断する。

一  幼児の証言能力及び供述の信憑性について

一般に幼児の場合の証言能力が成人に比して低いことは否定できないところであるが、そのことから直ちに一般的に幼児には証言能力がないと断定することはできない。四才程度の幼児でも事実如何によってはかなりの程度に、観察し、記憶しかつ表現することができることは、周知のことである。従って幼児の場合の証言能力については、その年令知能の程度、観察、記憶、表現の対象となる事実の難易、抽象度等を総合的に判断して個別的、具体的に決すべきである。

これを本件についてみると、被害者甲野月子は当時六才二ヶ月、同乙山星子は当時四才七ヶ月であって、この年令に達すれば、一応男女の区別、性的羞恥心もその発芽のみられる段階に達しているものであるから、自己が受けた行為の具体的事実及びその意味については理解できたものと言える。しかも、本件における被害者両名の各供述調書中、その最も重要な観察、記憶、表現の対象となる事実は、被告人からいかなる行為をされたかという点であるが、そのわいせつ行為とされるものは、被害者両名の身体に直接感応するところの単純かつ具体的な行為にかかわるものであり、単に事実を抽象的に観察し記憶するのとは著るしく異なり、被害者両名の記憶に強く作用するであろうことは容易に理解しうるところである。そのようにみると、本件被害者両名に証言能力(供述能力)を欠くものとは断じえない。ことに被告人の司法警察員に対する供述調書及び、当公判廷における供述中に、被害者が被告人に対し「おっちゃんこんなことしたらあかん」等と言ったと述べている事実からみても、これを首肯しうることができる。ところで、取調済の各証拠によれば、被害者両名はその被害事実について母親に対し、これを自発的に説明したものではなく、被害者らの言動に不安を覚えた母親が詰問して始めてこれを述べたものであること、ことに調書を作成する際には、母親からその示唆を受けて供述したものであろうことは、否定できないところであり、これらの点を考慮すると、弁護人の所論も首肯しえないわけではない。しかし、被害者両名の受けた事実は単に着用していたパンツのすき間から手を入れられ陰部を触わられた、という単純なものでありこのような単純かつ具体的事実については必ずしも誘導や暗示にかかるとはいえない。しかも被害者両名は、被告人との出合い、被告人方までついていったこと、また被告人方の様子等につき比較的正確に記憶し、稚拙ながらも正確に表現しているのであるから、被告人の本件行為についてのみ事実を歪曲して表現したものとは、いえない。さらには、証人乙山花子の当公判廷における供述によれば、被害者乙山星子は、被害の翌日、同人の家の前を自転車で通りかかった被告人を示して「あの人よ」と正確に示しており、その記憶力は充分であり、また調書が作成されたのは被害を受けた日からさほど経過していないこと等を総合判断すると、被害者両名の供述には充分に信憑性があるといえる。

二  わいせつの意図の存否について

被告人が被害者らになした行為は前述のように、同女らを抱きかかえ、その着用のパンツのすき間から手を差し入れ、陰部を弄んだというものであり、被告人の年令、環境、経歴がいかなるものであろうとも、右行為自体によって、そのわいせつの意図は充分に推認することができる。被告人は、右行為をした動機について、被害者両名が男であるか女であるかを確認するためにしたものであると弁解するが、証人乙山花子の当公判廷における供述及び甲野月子の司法警察員に対する昭和五一年八月一七日付供述調書によれば、被害者両名は当日スカートを着用していたことが認められるのであり、一見して女児であることは明らかであったのであるから、あえてパンツの中に手を入れてその性別を確認する必要などすこしも認められない。また犯行場所が被告人の自宅で、被告人と被害者両名だけの状態で敢行されたものであること等を併せ考えると、被告人に、わいせつの意図がなかったものとは倒底いうことはできない。

よって主文の通り判決する。

(裁判官 西村清治)

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